名古屋高等裁判所平成30年4月18日判決(労働判例1186号20頁)

居酒屋 残業代 店長
画像はイメージです。実際の事件とは関係がありません。

 1 残業代請求で相当額の支払いを受ける内容の判決を得ました。

 

名古屋地方裁判所半田支部平成28年11月30日判決(労働判例1186号31頁)

名古屋高等裁判所平成30年4月18日判決(労働判例1186号20頁)

最高裁判第三小法廷所令和元年12月17日判決

 

2 事案の概要

 

 本件は,被告が経営する居酒屋に店長として勤務していた原告が,被告に対し,

 

〔1〕賃金支払請求権に基づく未払残業手当金,

 

〔2〕〔1〕に対する各支払期日の翌日から退職日の後の賃金の支払日までの商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金合計

 

〔3〕〔1〕に対する退職日の後の賃金の支払日の翌日から支払済みまで賃金の確保等に関する法律6条の定める年14.6パーセントの割合による遅延損害金

 

〔4〕労基法114条に基づき付加金並びにこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金

 

の支払を求めた事案です。

 

3 争点

 

 本件の争点、① 労働時間 ② 固定残業代が認められるか ③ 付加金が認められるか ④ 賃金の確保に関する法律の適用があるか です。

 

 それぞれの意味と、1審、2審判決の内容を説明します。

  

4 労働時間

 

⑴ 始業時刻

 

原告は、原告は,主として仕込みをするために1時間以上早く出勤していた旨の主張をしていました。しかし、1審判決では、早い時間に出勤すべき業務の必要性がうかがわれないことに照らすと,始業時刻である午後2時とするとされました。2審判決も同様です。

 

なお、午後2時以降にタイムカードが押された日もあったのですが、2審判決は次のように判示しています。

 

「一審原告のタイムカードの打刻時刻は,午後2時より前のものが圧倒的に多く,上記のとおり,午後2時より前の労働時間を具体的に認めるに足りる積極的な証拠がないためこれを労働時間と認定しないものの,上記打刻時刻以後午後2時までの間も相当時間労働していたと認められることからすると,彼此勘案して,上記の日についても,一審原告の労働時間を算定するに当たっては,午後2時から労働したものと認めるのが相当である。」

  

⑵ 休憩時刻

 

原告は、繁忙で休憩は取れなかったと主張しました。1審判決は、一般的に繁忙であったと推認される金曜日,土曜日及び祝日の前日については30分としても不合理とはいえないから,これらの日については30分,その余の日については1時間の休憩を取得したと推認する、としました。

  

⑶ 終業時刻

 

 原告は、タイムカードは被告の指示により操作をしていたのであるから信用できないと主張しました。

 

これに対し、1審判決は、原告と他の従業員らのタイムカードにおける退勤の打刻時間が分単位でおおむね共通していることに加え,閉店時間である午後11時又は午後12時の直後に打刻されているものが少なからずあるところ,閉店前から可能な範囲での清掃などの業務を行っていたとしても,閉店後に直ちに従業員らが退勤をすることは困難であると考えられることも併せ考慮すると,被告が原告に対して指示していたか否かの点についてはおいても,タイムカードにおける原告の退勤時間として打刻された時間を,勤務を終了した時刻とすることはできない、と判示しました。

 

そして、終業時刻については、閉店後1時間をもって原告による時間外労働の時間であったと推認される、と判示しました。

  

⑷ 控訴審判決

 控訴審もほぼ同じ事実認定をしています。 

 

4 固定残業代

 

⑴ 被告の賃金は次のように決められていました。

 

ア 基本給 

   14万円

 

イ 役職手当 

    平成24年6月分(同年7月支払)から平成25年4月分(同年5月支払)

        13万円

 

   平成25年5月分(同年6月支払)から同年12月分(平成26年1月支払)

        14万円

 

   平成26年1月(同年2月支払)から同年4月分(同年5月支払)まで

       16万円

 

 ウ 〈役職手当には,以下の固定割増手当含みます。内訳〉固定残業手当(残業時間数26時間に相当する額) 固定深夜割増手当(深夜労働80時間に相当する額) 固定休出手当(休日出勤3日に相当する額)

 

 

⑵ 原告の主張

 

  原告は、被告の定めのように解すると,原告の場合には必ず被告が主張する固定残業代を上回ることとなり,上回った部分は純粋に役職手当と解するべきことになるが,役職手当は固定割増手当の基礎となる割増基礎賃金から除外することができない(労働基準法37条5項,労働基準法施行規則21条)ことに照らすと,そのような賃金規程の定めは無効であるというべきである、等と主張しました。

  

⑶ 被告の主張

 

被告は、原告については,基礎給のみならず役職手当の固定割増手当分を上回る部分が割増賃金算定の基礎賃金とされることとなるが,その算定に当たっては,基礎給に役職手当を加えた金額を249.8時間(基礎時間173.8時間+26時間+20時間〔80時間×0.25〕+30時間〔8時間×3日×1.25〕)で除することにより算出される金額を基礎賃金(原告については基礎給14万円+役職手当13万円のとき1081円,基礎給14万円+役職手当14万円のとき1121円,基礎給14万円+役職手当16万円のとき1201円)として固定割増手当分を超える時間外労働の賃金を算出,支払すれば足りるから,明瞭性の観点からも問題ない、と反論しました。

  

⑷ 1審判決

 

  1審判決はおおむね次のように判示して、原告の主張を認めました。

 

原告の役職手当については,固定割増手当における算定の基礎とされるのは,基礎給のみであるから(賃金規程2条),原告の基礎給をもとに固定残業手当について計算すると,必然的に役職手当のうち,割増賃金として支給される部分と純粋な役職手当として支給される部分に区分されるはずであり,かつ,純粋な役職手当として支給される部分については,割増賃金の算定の基礎として除外されないから(労働基準法37条2項,労働基準法施行規則20条参照),割増賃金の算定の基礎とされるべき金額は,上記の基礎給を上回るものとなるが、賃金テーブルにおいて,明瞭性を確保することができていない。

 

被告の主張は、基礎給のみを割増賃金の算定の基礎とする旨の賃金規程の本文における定めに真っ向から反するものであって,その解釈に疑義を生じさせるもの等として退けました。

  

5 付加金

 

⑴ 付加金とは

 

  労働基準法には次の定めがあります。

 

  第114

 裁判所は、第20条、第26条若しくは第37条の規定に違反した使用者又は第39条第6項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から二年以内にしなければならない。

 

賃金を未払だったときには、裁判で2倍の支払が受けられるというものです。

 

ただし、2年以内に裁判で請求しなければなりません。賃金自体は、催告をすれば、それから6か月以内に裁判をおこせば全額請求できるので、厳密には2倍になりません。

 

 

⑵ 1審判決

 

  1審判決は、次のように指摘して、付加金の請求を認めませんでした。

 

  被告による割増賃金の未払の原因は,役職手当の支払が割増賃金の支払として有効か否かという法律的な問題についての労働基準法の解釈の相違に起因するものであること,上記2で判示したとおり,被告による固定割増賃金の定めのうち,役職手当を除く固定割増手当についての定めとしては明瞭性の観点から不合理なものであるとはいえず,被告において役職手当についても同様に解したとしても,やむを得ない側面があることのほか,原告も自身の賃金に固定割増手当が含まれるとの認識を有していたことも併せ考慮すると,被告による割増賃金の不払が違法であるとしても,制裁としての付加金の支払を命ずることは相当でない。

  

⑶ 2審判決

 

  2審は、次のように指摘して、付加金の支払いを認めました。

 

  一審被告の割増賃金の不払は違法であり,一審被告がタイムカードの打刻について実際の労働時間より少なめな打刻をするよう指示していたこと,みなし割増賃金(役職手当)について不合理な主張をしており,その不合理性は賃金規程の文言からして明らかであったことを併せ考慮すると,付加金の支払請求については,これを認めるのが相当である。

  

6 賃金の確保に関する法律

 

⑴ 賃金の確保に関する法律に関する争点

 

  賃金の確保に関する法律6条1項は次のように定めています。

 

「第6条 事業主は、その事業を退職した労働者に係る賃金(退職手当を除く。以下この条において同じ。)の全部又は一部をその退職の日(退職の日後に支払期日が到来する賃金にあつては、当該支払期日。以下この条において同じ。)までに支払わなかつた場合には、当該労働者に対し、当該退職の日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該退職の日の経過後まだ支払われていない賃金の額に年十四・六パーセントを超えない範囲内で政令で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならない。」

 

賃金を支払わなかった場合には、退職したあとは14.6%の割合の利息も支払わなければならないのです。

 

ただし これには例外があります。同法6条2項は、次のように定めています。

 

「2 前項の規定は、賃金の支払の遅滞が天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものによるものである場合には、その事由の存する期間について適用しない。」

 

そして、この厚生労働省令である賃金の確保に関する法律施行規則6条5項はつぎのように定めています。

  

「四 支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し、合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争つていること。」

 

合理的な理由で裁判所で争っている場合には、14.6%の利息は適用しないとされているのです。この「合理的な理由」というのは何かについての解釈には争いがあります。

  

⑵ 1審判決 

1審判決は、次のように指摘して、賃金の確保に関する法律の適用を認めませんでした。

 

被告による割増賃金の未払の原因は,上記4における判示のとおり,労働基準法の解釈の相違に起因するものであって,支払が遅滞している賃金の存否に係る事項に関して合理的な理由により,裁判所で争っていると認められるから,原告の賃金の支払の確保に関する法律6条に基づく請求については,理由がない。

 

⑶ 2審判決

 

  2審判決は、次のように指摘して、賃金の確保に関する法律の適用を認めました。

 

この点について,一審被告は,本件の争点(未払賃金の存在)は,一審被告の賃金規程等の賃金体系の解釈(明瞭性の観点)に係るもので,一審被告が支払を拒絶して裁判所で争うことが不当とはいえない合理的な理由が存するから,賃確法6条1項の適用は排除されるべきであると主張するが,前記のとおり,一審被告の主張は不合理なものであり,本件において,賃確法6条2項の定める「天災地変」はもとより,裁判で争うべき合理的な理由があったとは認め難いから,割増賃金に対する賃確法6条に基づく附帯請求にも,理由がある。

 

 

7 最高裁判決

 

  2審については1審被告だけが上告受理申立をしました。

 

  最高裁は、2審が付加金を、1審原告が請求していなかった裁判を起こす2より前の分も認めていたとことについて上告を受理し、訂正しました。

 

  その他の論点については上告は受理されませんでした。上記高裁判決は、付加金を減額して確定しました。

  

8 コメント

 

 ⑴ タイムカードが適正に打刻されていない場合でも、残業代を請求できる場合があります。諦めずに立証手段を考えてみましょう。

 

 ⑵ 固定残業代が支払われているからといって残業代を支払わなくてよいとは限りません。固定残業代の規定や運用が法律に違反する場合もあります。おかしいと思ったときには弁護士に相談してみましょう。

 

 ⑶ 裁判をおこした場合には付加金、退職した後であれば賃確法に基づく高額な利息まで請求できる場合があります。ただし、その適用については裁判所によっても判断がわかれています。本件でも1審と2審で裁判官の考え方が分かれました。いつも付加金や賃確法の利息まで認められるとは限りません。

  しかし、2審のような裁判例が多くなることが、使用者の違法な賃金制度を是正させ、適正な法適用をさせることにつながるはずです。もっと広がってほしいと思います。

 

9 本件についてのweb記事

 

弁護士が精選! 重要労働判例 (固定割増手当(役職 手当)の有効性)

 

https://www.law-pro.jp/wp-content/uploads/2019/02/news20190215.pdf

 

  

労働判例を読む#47 労判1186.20

 

https://ameblo.jp/wkwk224-vpvp/entry-12421914403.html

 

  

タイムカードの時刻と実際の労働時間がずれているときの対処法

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/tokuda_blog/201811177084.html

 

最高裁判所
最高裁判所 最高裁弁論の期日に撮影