パワーハラスメントの由来
パワーハラスメントということばは、2001年、クオレ・シー・キューブ株式会社、の社長(当時)岡田康子さんが提唱した言葉でした。日本で作られた和製英語です。
裁判例に現れたパワーハラスメント
「パワーハラスメント」という言葉が判決の中での指摘されるようになりました。
たとえば、当職が担当した中部電力事件名古屋高等裁判所平成19年10月31日判決では次のような指摘がありました。
前記認定のとおり,Fは,Aに対して「主任失格」 「おまえなんか,いてもいなくても同じだ 」などの文言を用いて感情的に叱責し かつ結婚指輪を身に着けることが仕事に対する集中力低下の原因となるという独自の見解に基づいて,Aに対してのみ,8,9月ころと死亡の前週の複数回にわたって,結婚指輪を外すよう命じていたと認められる。これらは,何ら合理的理由のない,単なる厳しい指導の範疇を超えた,いわゆるパワー・ハラスメントとも評価されるものであり,一般的に相当程度心理的負荷の強い出来事と評価すべきである(判断基準も,心理的負荷の強い出来事として 「上司とのトラブルがあった」を上げている。 )。なお,控訴人は,指輪に関するの発言を聞いたAの反応に照らし,同人に心理的負荷を与えるような発言であったとは認められないと主張するが,出来事に対する対応の仕方は人により様々であり,明白に不快感を表明しなかったからといって,心理的負荷が軽いとは判断することができないことは言うまでもないし,前記認定のように,Aが「星の指輪」という歌を好み,カラオケで練習していたこと,Fの命令にもかかわらず,死亡の前日まで会社でも家庭でも指輪を外さず,自殺当日これを外して妻のドレッサーの小物入れに入れていったこと等からすると指輪に対する強いこだわりが見て取れるところである。
また一方,Fも,前記認定のとおり,死体確認の際 「いつも指輪をしていたよね 」と発言し,N に対して 「私の指導や指輪のことがAの死亡の原因だとすれば,私も身の振り方を考えなければいけないね 」 と話したことを認めていること等からすると,指輪のことが気に掛かっていたか,あるいは,指輪がAにとって大きな問題であることを察していたものと認められるのである。これらの事実からして,上記の控訴人の主張は採用することができない。(名古屋高等裁判所平成19年10月31日判決)
厚生労働省の示したパワーハラスメントの定義
パワーハラスメントについて、厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」は、次のように定義づけを行いました(2012年)。
「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」(職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング報告・5頁)
ここで、「職場内での優位性」には、「職務上の地位」に限らず、人間関係や専門知識、経験などの様々な優位性が含まれる。上司から部下へのいじめ・いやがらせだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して行われるものも含むとされています。
一方、業務上の必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、業務上の適正な範囲で行われている場合には、パワーハラスメントにはあたらないとされています。
パワーハラスメントは、以下の6類型が例示されていますが、これに限りません。
ア 身体的な攻撃
叩く、殴る、蹴るなどの暴行を受ける。
イ 精神的な攻撃
同僚の目の前で叱責される。他の職員を宛先に含めてメールで罵倒する。
必要以上に長時間にわたり、繰り返し執拗に叱る。
ウ 人間関係からの切り離し
1人だけ別室に席を移される。
強制的に自宅待機を命じられる。送別会に出席させない。
エ 過大な要求
新人で仕事のやり方もわからないのに、他人の仕事まで押しつけられて、みな先
に帰ってしまった。
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害。
オ 過少な要求
運転手なのに営業所の草むしりだけを命じられる。
事務職なのに倉庫業務だけを命じられる。
カ 個の侵害
交際相手について執拗に問われる。妻に対する悪口を言われる。
岡田康子氏の指摘
円卓会議ワーキング・グループ、及び円卓会議のメンバーで、パワーハラスメントということばを提唱した株式会社クオレ・シー・キューブの代表取締役の岡田康子氏は著書の中で、パワーハラスメントの特徴として次の点を指摘しています。
ア NOと言えない力関係がある
イ 侮辱された感覚を伴う
ウ 誰もが被害者にも加害者にもなる
エ エスカレートする
オ 言語と非言語で行われる
(「パワーハラスメント」 日経文庫 )
精神障害の認定基準
厚生労働省が策定した「心理的負荷による精神障害の認定基準」(2011年12月)は、上記円卓会議がおこなわれるまえであったので、「パワーハラスメント」という言葉は使われていません。
ここでは、「(ひどい) 嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」場合の平均的心理的負荷を「Ⅲ」としています。
そして、以下のような場合を心理的負荷の強度を「強」である例としています。
・ 部下に対する上司の言動が、業務指導の 範囲を逸脱しており、その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ、かつ、これが 執拗に行われた
・ 同僚等による多人数が結託しての人格や 人間性を否定するような言動が執拗に行われ た
・ 治療を要する程度の暴行を受けた
また、以下のような場合を新提起負荷の強度を「中」である例としています。
・ 上司の叱責の過程で業務指導 の範囲を逸脱した発言があった が、これが継続していない
・ 同僚等が結託して嫌がらせを 行ったが、これが継続していない
事実関係が具体例に合致しない場合には、「心理的負荷の総合評価の視点」の欄に示す事項を考慮し、個々の事案ごとに評価します。
「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」場合については、「・嫌がらせ、いじめ、暴行の内 容、程度等 ・その継続する状況 」を考慮して評価することになります。
中に当たる場合にも、他に、心理的負荷をあたえる出来事がある場合には、複数の出来事がある場合として、全体として評価することになります。
過労死弁護団全国連絡会議では、この認定基準について不十分であるとして、2018年に意見書を発表しています。
職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会
2018年(平成30年)3月30日、「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」報告書が公表されました。
この検討会は、「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日働き方改革実現会議決定)において、「職場のパワーハラスメント防止を強化するため、政府は労使関係者を交えた場で対策の検討を行う」とされたことを踏まえ、実効性のある職場のパワーハラスメント防止対策について検討するため、2017年(平成29年)5月から10回にわたり開催されました。
この報告書では、パワーハラスメントの概念については次のように説明されています。
【職場のパワーハラスメントの要素】
① 優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること
② 業務の適正な範囲を超えて行われること
③ 身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること
また、この報告書では、パワーハラスメントの態様について詳細な分類を加えています。
実際に問題になっている事例については、その線引きが困難な場合もあり、同報告書も最終的には総合的な判断であると指摘しています。