過失相殺は不当である。

弁護士ドットコムへのコメント


先日、過労死の損害賠償請求の裁判について、弁護士ドットコムからコメントを依頼された。

 

公務員の「過労自殺」控訴審、遺族が逆転勝訴…裁判で争点となる「安全配慮義務」とは    

https://www.bengo4.com/c_5/n_5343/

 

そこで、言い尽くせなかった判決の意義と問題点についてかいてみた。

判決の内容


 糸島市の課長のAさんが平成22年、在職中に自殺したことについて、その遺族が死に対し損害賠償請求をした。福岡高等裁判所は、平成28年11月10日、請求を棄却した福岡地方裁判所の判決を取消して、遺族の請求を一部認める判決をした。

 

 本件は,公務災害認定されている事案であって、過重な労働と自殺の因果関係は相当明確であり、この判断は当然のことである。 ところが、高等裁判所は、自殺した課長の過失割合を8割と認め、2割分の損害賠償請求しかみとめなかった。過失相殺を認めたこと自体、不当な判決といわざるを得ない。

過失相殺を認めた理由を認めた理由


 上記福岡高裁は、「Aは、管理職として、可能な業務を部下に割り振るなどして自らの労働時間を適正に管理する意識が弱く、また、被控訴人において整備していたメンタルヘルスに関する相談制度を利用することもなく、業務によるストレスを蓄積したいたというべきであり、業務によるストレスをうつ病に罹患して本件自殺に至ったことについては、このようなA自身の勤務に対する姿勢やメンタルヘルスに対する認識の低さが深く寄与しているというべきであって、Aが一度でもメンタルヘルスに関する相談制度を利用していれば、本件自殺という事態は回避できた可能性が大きいと考えられる。」と判示し、8割の過失相殺をするのが相当であるとしている。

電通最高裁判決


 電通最高裁判決は、「企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。」と判示している(最高裁判決平成12年3月24日)。

東芝最高裁判決


 東芝最高裁判決は「労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。」と判示して、労働者本人が、体調の変化を申し出ることがなかった場合にも、「上告人が被上告人に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でなく,これを上告人の責めに帰すべきものということはできない。」などとして過失相殺を許さなかった(最高裁判決平成26年3月24日)。

最高裁判決を本件に当てはめてみると


 高裁判決は、Aさん自身の、可能な業務を部下に割り振るなどして自らの労働時間を適正に管理する意識が弱いと判断している。しかし、割り振るべき仕事を割り振らずに抱えこんだという事実が認められたとしても、そのような事実は仕事を責任を持ってやろうというAさんの責任感の現れであって、決して人間として非難される事情ではない。もともとこのように仕事を割り振るべき仕事を割り振らずに抱え込むような人は責任感の強い人で、そのような人がいることも職場では十分に予想できる。そんな人がいる職場に、過重な仕事をあたえた会社こそ責められるべきである。

 

 このAさんが同種、すなわち市役所の課長の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものだとは考えられない。判決自体、Aさんが

「同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲を逸脱するような脆弱性を有しているとはいえない。」

 と判示している。

 

 高裁判決は、メンタルヘルスに関する相談制度を利用することがなかったことを指摘し、メンタルヘルスに対する意識が低いと判断している。しかし、利用することがなかったことで直ちにAさんを非難できる事情とはいえない。過重な労働をさせておいて自分でメンタルヘルスの相談を受けなかったことを理由に過失相殺を許すことが公平とは思えない。

 

 上記の東芝最高裁判決は、「労働者本人からの積極的な申告が期待した難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に務めるべき必要があるものというべきである。」と判断している。このことは、メンタルヘルスに関する相談制度を利用しなかった本件の課長のAさんにも当てはまる。真面目に業務に取り組んでメンタルヘルスを害しながらも相談しない労働者が存在することも使用者は想定するべきである。

 

 Aさんの業務が客観的に過重であったのであるから過失相殺を認めることは困難であるというべきである。

8割は高すぎる


私の担当したトヨタ・デンソー事件(名古屋地裁平成20年10月30日判決)では、

 

「ところで,原告の業務は,客観的過重労働には至っておらず,第1回うつ発症には,前認定のような原告の精神的脆弱性や性格も影響していると考えられる。」

 

「このような性格等に起因して,…これらの原告の行為が,うつ病の発症及びその悪化に影響を与えたことは否定できない。そして,このような原告の性格及びこれに基づく業務遂行の態度等は,同種の業務に従事する労働者の個性の多用さとして通常想定される範囲をいささか外れるものと認められる。」

 

「したがって,民法722条の類推適用により,被告らの安全配慮義務違反による損害賠償額を算定するに当たっては,この事情も斟酌すべきである。」

 

と判示された。

 

 客観的過重労働ではない、労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲をいささか外れるなど、かなり否定的な事実を指摘されている。

 

 しかし、この場合でも名古屋地裁が減額した割合は3割に過ぎない。

 本件高裁判決は、客観的過重労働があるとみとめられている。また、通常想定される範囲を外れるような性格も認められない。そのような事案で8割もの過失相殺をするのは、公平さを欠くと言わざるを得ない。