誰を基準に労災を認定するのか

●認定基準

 労働基準監督署は、労働者に発症した精神疾患が労災かどうかを判断するために厚生労働省からでている通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(これを、以下では「認定基準」といいます。)を用いて判断します。

 

●ストレス脆弱性理論

 精神障害の成因(発病に至る原因の考え方)としては「ストレス-脆弱性理論」に依拠することが適当と考えられています。 (注)「ストレス-脆弱性理論」は、環境由来のストレスと個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方であり、ストレスが非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし、逆に脆弱性が大きければ、ストレスが小さくても破綻が生ずるとする考え方です。(精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書 平成23年11月8日)

 

●認定基準は「同種労働者」を基準に  

 認定基準は、「強い心理的負荷とは、精神障害を発症した労働者がその出来事及び出来事後の状況が持続する程度を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されるものであり、『同種労働者』とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者をいう。」としています。  認定基準は、「同種労働者」が心理的負荷を強いと受け止めるストレスがあったときに、労災だと考えるのだとしているのです。

 

●「同種労働者」に含まれる者

 ここでいう「同種労働者」には、脆弱性がありつつも、何らかの軽減措置を受けずに通常どおり勤務している人を含むと考えられています。これは、認定基準の解釈として、厚生労働省の専門検討会の中で確認されていることです。  

 つまり、認定基準は、誰を基準に労災を認定するのかという場合に、労働者の真ん中のレベルを想定しているわけではありません。そのため、専門検討会では「平均的労働者」という言葉を使わないようにしています。認定基準もそうです。 そのように説明されるのは、専門検討会で以下のようなやり取りがあったからです。 (厚生労働省ホームページより)  

 

認定基準策定のためにひらかれた精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会(以下「専門検討会」という。)の第1回(2010年10月15日)抜粋

 

○良永先生 確認みたいな話ですが、「平均的」という用語と、「同種の」というのは必ずしも同じではないかもしれません。いま、座長は2つをそれぞれ使いましたけれども、必ずしも同じではない。先ほど山口先生は、どちらかというと「同種の」と言われました。あとは「合理人」というような発想で、ある種労働者のパターン化されたものを想定せざるを得ないというご発言がありましたが、それはそれで私も理解できました。

 それで、いまは「平均的」と言い、「同種の」と言いました。これは判例にも出てきますけれども、いわゆる健康体をもった労働者と、厳格ではなくて相当幅があるものだと理解しておいていいですね。

 

○岡崎座長 はい。

 

○良永先生 もう1つは、「最も脆弱な方」というのは、ここで確認を取れというと変ですけれども、従来労働省の時期に、既に解説書で書かれていました「機会原因を除外する」というほどの意味と理解しておいてよろしいでしょうか。今後議論してもいいと思います。

 

○岡崎座長 文章上は訂正いたします。「平均的」ということではありませんで、「同種の」ということでご了解いただいたほうがいいかと思います。

 

○織先生 いま良永先生がご発言されたことに賛成です。今回の判例には紹介されていないのですが、トヨタ事件の判例で、地裁で勝って、高裁でも結論は変わらなかったときに、平成11年のときに座長を務められた原田医師が証人に立たれたときに、平均人というのが特定の固定されたところを示すわけではなくて、必ずしも健康ではない、何らかの脆弱性を持っている人も含むのだというお話がありました。平成11年の議論のときにも、脆弱性理論というのはもともとそういう幅がある、要するに同種労働者の中で脆弱性がありつつも、何らかの軽減措置を受けずに通常どおり勤務している人を含むということで、言葉の違いはあると思うのですが、それが判例の主流ですし、平成11年のときの議論もそういう話だったのではないかと思いました。

 

○岡崎座長 そういうふうに対応しております。事務局のほうもよろしいですね。繰り返しませんが、2点ほど確認をさせていただきまして、精神疾患、精神障害の成因・原因についての本日の議題については終わらせていただきます。  

 

 いかがでしょうか。 この議論の中で2つの点が確認されています。

 

 一点目として、誰を基準に心理的負荷を考えるかというときに、「平均的」ということではなく、「同種の」という用語を使うことが確認されています。これは、良永委員の発言にあるように、「相当幅がある」ことを明確にするためです。

 

  もう一点目は、この「同種の」というときの同種の意議です。 織委員は、トヨタ事件の判例で証人に立った原田医師が述べた、平均人というのは、特定の固定されたところを示すわけではなくて、必ずしも健康ではない、何らかの脆弱性を持っている人も含むのだという話をし、平均人というのは、同種労働者の中で脆弱性がありつつも、何らかの軽減措置を受けずに通常どおり勤務している人を含むことではないかと指摘しています。この点については、この専門検討会で、岡崎座長も、厚生労働省の事務局もそのように対応していると確認しています。 専門検討会報告書はこのように「何らかの脆弱性を持っている人を含む」という考え方を前提にしているので平均的という言葉を使っていません。認定基準も同様に平均的という言葉は使っていません。

 

  専門検討会報告書には、結論しか書いていないので、このような専門検討会の議論を本当に反映しているのか読んだだけではわかりません。また、認定基準に掲げられた「業務による心理的負荷評価表」が本当に「脆弱性がありつつも、何らかの軽減措置を受けずに通常通り勤務している人」を含んだ表になっているのか疑問があります。  

 

 このため、認定基準だけが一人歩きし,本来認定されるべき方が認定されていないのではないかというのが実感です。